夢見るローズガーデン

ガーデニングとインテリアと日々の徒然・・・自由気ままに書いていきます

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生きた証・・・

皆様 こんにちは。

ウッカリと節分用の豆を買いそびれました・・・

私が住んでいる地域では大きなスーパーか健康食品のお店でしか
炒った大豆は売られていません。
遠くまで車で買いに行く時間もなかったので、
お家にあった紅豆という中国産のお豆を娘にまいてもらいました。

オニは外~、副は内~。
トシの数だけお豆を食べさせてあげられなかったので、
代わりといってはなんですが、納豆を食べさせました
娘には申し訳ない気持ちです~。こんなにテキトウな節分になってしまって、ゴメン。
私が日本にいた頃とは大違い



↓今朝、フロアーに落ちていた豆。写真ではイマイチなのですが、光っていて綺麗だったんですよ・・・
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節分には父方の祖父にまつわる思い出があります。
右側の白いフォトフレームにいるのが父方の祖父。(私と妹と当時赤ちゃんだった娘と甥っ子も一緒に写っています♪)

私が日本にいた時は、父方の祖父母と同じ敷地内で暮らしていました。
祖父はとても強くて頑固で厳しい人でした。
子供の頃はなんて怖いおじいちゃんだろう・・・と思っていました。
それで私は母方の東京にいる祖父のほうになついていたのです。

祖父の権威は偉大で、盆暮れ正月には彼の指揮で家族は動き、
彼の思い通りにならないと怒鳴られてしまいます

また、ご機嫌が悪いと、私や妹たちのボーイフレンドがちょっと敷地内に車を停めるのも駄目!
どこのどいつだ!と挨拶もなく怒鳴り、焦ることも度々ありました


そんな怖い祖父ですが、単に言葉や態度がぶっきらぼうで不器用で、
根は思いやりのある人なんだと大きくなってから気がつきました。

祖父は裏庭の畑でいろんな野菜を育てていたのですが、
気がつくとドアのチャイムも鳴らさずに、季節の野菜を私たちの家の玄関前に置いておいてくれるのです。
どの野菜たちも新鮮で本当の野菜の味がしました・・・・
特に私が好きだったのは夏のもぎたてのトマト。太陽の味・・・

そして祖父は毎年節分に柊鰯を作って、玄関に置いておいてくれました。
いちいち、作ってやったぞ!なんてことは一言も言わず、野菜と同様、いつのまにか置いてあるのです。
イタズラなネコちゃんがこっそり鰯の頭を食べてしまうことはありましたが、
私はこの柊鰯を見なかった節分は一度もありませんでした。

祖父が年老いて庭のことができなくなってからも、これだけは欠かさず作ってくれていました。
年老いた手を柊の葉で傷めたこともあったかもしれません・・・
そんな祖父に「おじいちゃん、あの柊のやつ、いつもありがとうね。」
と声をかけたことがあります。
祖父はたぶん、「あぁ。」くらいしか言わなかったように思います・・・
口数が少なくて、会話にはならなくて、それで損をしてきたこともあったでしょう・・・
愛情表現が本当に下手というか、気持ちがあるのに表に出すことができない人だったのだと思います。

その後私は祖父に柊鰯のお礼を再びいう事もなく日本を離れ、
そして祖父は天国へと旅立ってしまった・・・

もちろん祖父は私たちのために他にもいろんなことをしてくれていました。
日本らしい季節行事やお祝い事もきちんとしてくれて、
その中で特にこの柊鰯のことが思い出になっています♪




メールで母に、毎年節分にはおじいちゃんのことを思い出しているという話をしました。
母の返事にも、怖いおじいちゃんだったけど、やはり節分にはあの柊鰯を
毎年かかさずひっそりとさしておいてくれたことに感謝している。
そして、こういうふうに生きた証をを娘や孫に残していけるって素晴らしい、
自分も娘や孫にあんないい思い出を残せるのかどうか、
残せるとしたら何だろうと考えてしまう・・・とありました。


私は四季を感じることができた祖父のお庭が大好きだったのですが、
残念なことに、相続した親類によって手放され、今では十数棟の建売住宅が立ち並び
かつての祖父の庭は影も形もありません・・・
目に見えるものはなくなってしまったけれど、祖父が生きた証はずっと私の心から消えることありません・・・





 
☆最後まで読んでくださって、どうもありがとうございます☆

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